マウンテン タイトル マウンテン2

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あれが阿多多羅山 あの光るのが阿武隈川
作家・高村光太郎が、妻・智恵子の生地である阿武隈の情景を著した、「樹下の二人」(智恵子抄)冒頭の一節です。福島県の中通りを貫流して太平洋に注ぐ阿武隈川と太平洋沿岸の浜通りの間には、阿武隈山地と呼ばれる標高200~700mの広大な丘陵地が拡がっており、自然の恵みが育まれています。
内陸部の気候は冷涼で、夏にはヤマセ(冷害)の被害を受けつつも、稲作のほか、養蚕、葉タバコ、コンニャクなどの工芸作物の栽培を行ってきました。また、近年では高原野菜、花卉、果樹の栽培も増えて、1970年代には大規模な草地開発を経て、畜産も盛んに行われるようになりました。 また、特に冬場の厳しい寒さを活かして、「凍み文化」と呼ばれる、独自の食文化が形成され、大根や豆腐、餅などを寒風にさらした保存食を食べ継いできました。 しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災と原発事故により、阿武隈地域の大半は避難指示区域となり、いまなお続く居住制限によって、住民は長期の避難生活を余儀なくされています。 あれから3年が経過しますが、家族や地域コミュニティがバラバラになってしまったことで、祭りや伝統行事も行われなくなり、阿武隈の様々な文化は消失の危機に直面しています。そして、伝承されてきた食文化も同じく失われつつある状況にあります。 智恵子抄の最後の一文は、「あどけない空の話である。」で締めくくられています。私たちはこのプロジェクトを通じて、阿武隈地域に生まれてきた食といのちの記憶を紡ぎ、それを見守って来た空と共に再び歩みたいという願いをもって、地域の食文化を伝承していきたいと思います。
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